キクハラインク有限会社

Printing
長野県佐久市

多分野の出会いを大切にするマルチプレイヤー

印刷会社キクハラインクの菊原貴光さんは、営業や制作だけでなく、印刷物に必要な取材や執筆なども手がけるマルチプレイヤーだ。

 

キクハラインクで働く以前は、約10年間料理に携わっていた菊原さん。
仕事にはやりがいを感じていたし、好きなことが仕事になっている喜びもあったが、将来を見据えたとき、このまま料理人を続ける自分の姿は想像できなかったと言う。
「ただ美味しいものが作りたかっただけで、独立してお店を持ちたかったわけじゃないと気づきました」
家族との将来を考えて転職しようと思い始めた時、キクハラインクの印刷だけに的を絞っているわけではない考え方に惹かれ入社を決意した。

 

実際に働き始めて感じるのは、自分の視野が広くなったということ。会社に集まる人たちは、印刷物を作る目的を除けばみんな異なるバックグラウンドを持っている。いろんな分野の人々との出会いは菊原さんの生活を彩っていった。
今や個人で印刷物を作れる時代だ。チラシやポスターはもちろん、冊子や本までインターネットでオーダーし、完成させることができる。しかし印刷会社にしかできない強みはまだまだあると菊原さんは言う。
例えば世の中に無数にある紙を目で見て、触れること。
同じ紙でも分厚さが違い、色も異なる。加えて、でこぼこしている、なめらかである、ざらつきがある、艶やかであるなどといったそれぞれが持つ手触りは、印刷物を支える柱になる。
だからこそお客様が選んだ紙を大切にしていきたいのだ、と話してくれた。
「“この紙を使うのはこのお客様だけ”っていうこともよくあります。こだわりを持って選んでくれたから、もしその紙が生産中止になっても、よく似たものを探して代用できるようにしています」

 

農業は生きること。それを伝えたい

また菊原さんは2017年にフリーペーパー『畑°々Patapata』を立ち上げ、編集長としても活躍中だ。佐久エリアの農家さんの紹介をはじめ、農業にまつわるさまざまな情報を発信しており、現在は長野県、東京を含め、約140箇所で配布されている。菊原さんは編集チームの仲間と一緒に企画はもちろん、取材に出向き、話を聞き、原稿を書いている。

Patapataを作るきっかけは、佐久商工会議所の企画で、冊子を作ったことだった。それは佐久市のお店や会社の食の名産品を紹介する冊子で、菊原さんは印刷だけでなく取材と原稿執筆も担当することになった。
同時に39BARにも拘るようになり「それぞれのこだわりや職人気質に触れ、佐久にこんな面白い人たちがたくさんいるんだという驚きとともに、食の豊かさにも気づかされました」と語る。
印刷業務に関わる中で湧き上がっていた、自分発信でも何か作ってみたいという思いが、取材を通してより強くなっていった。

 

テーマを農業にしたのは2つの理由があった。
まずひとつは、南相木村出身の菊原さんの周りには、農業に触れる環境が身近にあったこと。時代と共に農業の形態も多様になり、昔から見ていた大規模農家だけではなく、狭い土地で多品目を育てている小規模農家との繋がりが多くなっていった。彼らの多くは無農薬にこだわり有機栽培に力を入れ、安心で安全な野菜を作っていた。中には都会から移住して農業を始めた人や、カメラマン、デザイナー、映像クリエイターといった、農業とは反対に思える前職を持つ人たちもたくさんいて、彼らから聞く話はどれもとても面白かった。
もうひとつは、菊原さんの長男がアレルギーを持っており、食べるものの重要性を否応なしに考えるようになったこと。たくさんのものが溢れる世の中で、自分が信用できるものを自分で選ばなければならないなら、生産者の顔が見えるものを選びたくなるのは当然だ。自分がそういった生産者や企業を紹介することで、消費者の選択肢の一つになればいいなと思うようになった。

 

農業は生きることと直結する。
農業に携わる人たちの熱意を、難しい言葉を使わずに書いてみよう。そこに子供にもわかる言葉があればもっといい。食べることの大切さや、畑がある暮らしの豊かさを伝えたい。そうして数年の構想を経てPatapataは生まれたのだった。

「これからも同じ地域で活動している人のことを紙に残していきたいです」

これからのことを伺うとそう返ってきた。デジタルの時代になっても、紙にしかできないことや、紙で残していく良さは必ずある。印刷会社らしく、それを実践していきたいのだと言う。

「この地域で、同じ時代に活動する人たちと共に、この暮らしを楽しんでいきたい」

それはこの町を愛する人だから言える、やさしい言葉だった。

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